\安心・安全・美味しいかなわの牡蠣の理由/
◆ ポイント01 ◆
かなわの牡蠣が育つのは、広島湾沖合約30kmにある大黒神島沖。
生活排水が流れ込まない清浄な海域で、通常と比べて海水の塩分濃度が高く、甘く身の引き締まった風味豊かな牡蠣が育ちます。
広島湾はプランクトン豊富な汽水域(淡水と海水が混ざり合う水域)と山からの栄養分が流れこむ海域です。
かなわの牡蠣養殖場がある大黒神島沖は広島県の沿岸部から約30km離れた沖合いに位置し、生活排水が流れ込みにくく、良質なプランクトンも豊富で、瀬戸内海でも最も綺麗な海域のひとつと言われています。
◆ ポイント02 ◆
広島県では、生食用かきの出荷は厳しく規制され、加熱用かき養殖海域と生食用かき養殖海域が指定されています。
広島県南部海域の大黒神島周辺で育てられたかなわ海産の牡蠣は、生食用として安心して食べることができます。
通常の海域と比べ塩分濃度が3.1%以上と高いという特徴があり、この環境で育つ牡蠣は身が引き締まりやや小粒ですが、その分旨みが濃く、加熱しても縮みにくいのが特徴です。
◆ ポイント03 ◆
毎朝早朝に水揚げされる牡蠣は、そのまま対岸にある深江の直営工場へ運ばれます。
かなわの深江工場ではHACCP対応の食品衛生管理を行っています。
清浄海水プールで20時間保管され、厳重な衛生管理のもと剥き身、洗浄、パック詰め作業などを行います。
打ち子さんをはじめとしたスタッフは日々チェックを行い、徹底した体調管理を行っています。 安全管理を行っております。
鮮度抜群のまま出荷し店舗やご家庭へお届けいたします。
厳しい審査基準をクリアしているため生食用として安心・安全、そして美味しい牡蠣をご提供しております。
\かなわの歴史/
▲昭和38年当時のかき船
慶応3年、牡蠣養殖業を始めたのがはじまりです。
昭和21年に東京と大阪の百貨店に生牡蠣直売店を出店し、昭和37年にかき船かなわを建造いたしました。
広島牡蠣は江戸時代初期には牡蠣養殖業者によって船で大阪まで運んで直接販売が始められ、その船の上に座敷を設け牡蠣料理を食べさせるようになりました。
それが「かき船」です。
昭和38年「かき船かなわ」を広島の平和大橋袂に開店し、現在は平和公園そばを流れる元安川で営業しております。
▲平和公園そばを流れる元安川とかき船
▲昭和38年より53年間、広島の風景としても多くの人々に親しまれた初代かき船
▲現在のかき船
かなわの歴史年表
・1867年(慶応3年)三保久太郎により 創業
・1946年(昭和21年)先代三保邦弘が家業の牡蠣養殖業を法人組織とすべく、金輪島海産株式会社を設立し、東京髙島屋に出店
・1962年(昭和37年)広島の牡蠣を全国に普及すべく株式会社かなわを設立
・1963年(昭和38年)かき船店開店
・1965年(昭和40年)駅ビル店開店
・1966年(昭和41年)銀座5丁目店開店
・2002年(平成14年)銀座8丁目(オストレアかなわ)店開店
・2005年(平成17年)駅ビル店の増床ならびに、広島県初のオイスターバー、かき名庵店開店
・2009年(平成21年)銀座5丁目店・銀座8丁目店移転統合により、 銀座6丁目店開店
・2010年(平成22年)広島空港店開店
・2015年(平成27年) 9月 かき船移転により「かなわ」開店
・2018年(平成30年) 3月 かなわekie店開店
・2018年(平成30年) 9月 和久バル店開店
・2021年(令和3年)ECサイト(オンラインショップ)立ち上げ
・2022年(令和4年) 4月 広島空港店移転により、「OYSTER FARM Hiroshima」店開店
・2022年(令和4年) 新会社となる「かなわ海産株式会社」「深江ファーム株式会社」を立ち上げ
※全ての画像はイメージです